白壁荘だより 天城百話

カテゴリ:伊豆の名所旧跡( 62 )

三島大社へ

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三島大社は、静岡県東部最大の一の宮で、
大山祇神・事代主神をまつり、源頼朝が
旗揚げの祈願をした神社として広く知られて
います。
家内安全、商売繁盛、厄除け、交通安全、
開運招福などの神様として人気があります。




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by shirakabes | 2017-09-07 00:01 | 伊豆の名所旧跡

 春の海 夕景の堂ヶ島

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西伊豆一の景勝地。みさきと入江が複雑に入り組んだ
海岸美が自慢の堂ヶ島。海が穏やかな春の夕景写真です。
湯ヶ島から土肥経由で50分。堂ヶ島クルーズも人気です。
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by shirakabes | 2017-04-06 23:02 | 伊豆の名所旧跡

初冬の修善寺をあるく 修禅寺

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修禅寺は807年に弘法大師が開いたとされ、伊豆国禅院一千束と正史に書かれたほどの名刹。鎌倉2代将軍源頼家が幽閉された場所で、岡本綺堂の戯曲『修禅寺物語』の舞台にもなった。年間多くの参拝者で賑わう。寺宝の、弘法大師ゆかりの法具や歌舞伎修禅寺物語のモチーフとなった古面や初演時の衣装、小道具他、源頼家の遺品、北条早雲からの寄進状、川端龍子作「玉龍の天井絵」などを展示した宝物殿もあります。 私共から車で20分、おすすめの場所です。

白壁荘  http://shirakabeso.jp/
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by shirakabes | 2015-12-17 22:08 | 伊豆の名所旧跡

初冬の修善寺を歩く 日枝神社

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日枝神社は修禅寺の隣にあり、元は修禅寺の山王社で
弘法大師が大同2年(807)に建立したと言われています。
明治の神仏分離令により独立、日枝神社に社号を改称。
御神木のイチイカシを始めスギやケヤキ、イヌマキなどの
巨木が見事です。修禅寺へ行かれる時は日枝神社にもどうぞ。

白壁荘  http://shirakabeso.jp/
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by shirakabes | 2015-12-16 23:26 | 伊豆の名所旧跡

初冬の修善寺を歩く 指月殿

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修善寺で非業な死を遂げた鎌倉幕府二代将軍源頼家の冥福を祈り、
母北条政子が建立したお堂。
岡本綺堂が随筆で「母の尼が来たり弔って、空ゆく月を打ち仰ぎつつ 
『月は変わらぬものを、変わり果てたるは我が子の上よ。』と
月を指して泣いたので、人々も同じ涙にくれ、
それ以来指月ヶ岡となった。」と紹介しています。
修禅寺から歩いて4~5分、桂川をはさんだ対岸にあります。

白壁荘  http://shirakabeso.jp/
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by shirakabes | 2015-12-15 23:23 | 伊豆の名所旧跡

アキノキリンソウ

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裏山でアキノキリンソウを見つけました。リンドウと同じ時期に、
リンドウが咲いている同じ場所で見た記憶がありますが、
旅館の近くで見たのは初めてです。
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by shirakabes | 2015-10-27 22:06 | 伊豆の名所旧跡

祝、韮山反射炉世界遺産登録

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7月5日、ボンで開催されているユネスコの世界遺産委員会で、伊豆の国市の「韮山反射炉」
(明治日本の産業革命遺産)がユネスコの世界文化遺産に登録されました。韮山の反射炉は、
江戸時代に韮山代官江川太郎左衛門英龍が江戸湾防衛の為、お台場に大砲を設置する目的で
天保六年(1835)に作った鉄を溶かす反射型の溶鉱炉。この時期に実用化された炉としては、
唯一現存する貴重な物です。炉体の外側は、伊豆石が使われ、中心部分は、河津の土で焼かれた
耐火煉瓦で出来ています。韮山反射炉が世界文化遺産に登録されたことは、伊豆全体の誇り
であり、また喜びでもあります。

反射炉がある伊豆の国市韮山は、反射炉を作った代官江川太郎左衛門の屋敷(江川邸)や中世、
鎌倉時代の史跡も多く見ることが出来る地域。世界遺産韮山反射炉と共に歴史の街を
お楽しみください。

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by shirakabes | 2015-07-07 09:19 | 伊豆の名所旧跡

世界遺産登録を待つ韮山反射炉

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今年7月にドイツのボンで開催される第39回世界遺産委員会において、
韮山反射炉の世界遺産登録が早ければ7月3日に決定されます。
韮山反射炉は、江戸時代末期に韮山代官、江川太郎左衛門英龍が
江戸湾防衛の為、お台場に大砲を設置する目的で作った鉄を溶かす
反射型の溶鉱炉です。

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天城ほたる祭り  6/1から7/7
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by shirakabes | 2015-06-16 22:28 | 伊豆の名所旧跡

修善寺温泉を歩く 源範頼の墓

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範頼は鎌倉初期の武将。源義朝の第六子で蒲の冠者と呼ばれた。治承4年(1180年)に
兄頼朝と美中が対立した時、弟義経と共に義仲を倒し、次いで一ノ谷の合戦で平氏を破り、
功によってみかわのかみに任じられた。その後頼朝と義経の仲が険悪化し、頼朝が範頼に
義経討伐を命じたが断ったため、頼朝から疑われるようになった。建久4年(1193年)の
曽我兄弟仇討ちの際、頼朝討死の誤報が伝えられ、悲しむ政子を「範頼あるかぎりご安心を」と
慰めたため、幕府の横領の疑いを招いた。範頼は百方陳弁に務めたが、ついに修禅寺に幽閉され、
さらに梶原景時に攻められ、日枝神社下の信功院で自害したと伝えられている。

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白壁荘

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by shirakabes | 2015-03-29 22:56 | 伊豆の名所旧跡 | Comments(0)

下田街道古道の石畳

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天城峠手前、国道414号線からゆうゆうの森(大川端)へ
向かう道の右側、本谷川沿いに下流部へ、遊歩道を200メートル程
歩いた所に、天城街道の説明看板があります。このあたり、ゆるい坂道の
幅1.8メートル 長さ130メートル部分が、1800年代に整備
された道だと言われています。


天城街道(旧下田街道)

この歩道は昔、「天城街道」と言いました。天城街道は、文政
2年(1819)に板垣仙蔵の努力により下田までの主要街道と
して完成し、明治38年(1905)に旧天城トンネルが開通す
るまでの96年間、谷文晁・滝沢馬琴などの文人墨客や、幕末に
おける下田開港をめぐって初代駐日総領事ハリス一行うあ吉田松陰
歴史上の人物など多くの人々が行き交いました。現在でも、
当時の面影を杉の木立・堀割・縁石などに見ることができます。

 踊り子歩道 看板より
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by shirakabes | 2015-03-09 22:53 | 伊豆の名所旧跡